サロマ湖・ワッカ原生花園
2008・9・1(月)
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旭川市の郊外のレストランでお昼ご飯の、地元名産のホタテごはん(1100円)を戴いた。
バスはオホーツク海を目指し更に北上し、やがてわが国3番目の大きさを誇るサロマ湖の湖畔に着いた。サロマ湖は林野庁の立て看板から分かるようにオホーツク海側は細い陸地になっていてその幅は数百メートルしかなく、木もほとんど生えていない原野である
。
この原野には野草がきれいな花を咲かせている。中でもハマナスが多く、バラ科の花であるのでとてもいい香りがする。
森重久弥さん作詞・作曲の「知床旅情」の歌詞が浮ぶ。知床(しれとこ)の岬にはまなすの咲くころ、思い出しておくれよ俺達のことを・・・・この歌は国後島(くなしりとう)のことを歌った歌ですが、北海道のこういう原野にはぴったりの歌だ。
雲行きが怪しくなり、急いで貸し自転車(500円)を借りて、サロマ湖とオホーツク海の間の細いワッカ原生花園を散策した。片道5Kmの自転車専用の舗装道路ができている。途中オホーツク海とサロマ湖を結ぶ水門もある。約30分かかった。
生憎雨が降ってきてしまったが、今宵の宿網走温泉に行く前に、バスは海岸線を走り網走市に入る。やがてノトロ湖(能取湖)が見えて来る。この湖は「さんご草」(別名厚岸{あっけしそう})と言う赤い花の群生地で有名。もう色づいていたのでもう少しでさんご草祭りだろう。厚岸草と言う名前があるので日本の花と思うが、アメリカ西海岸のサンディエゴの海岸にも群生しているのを今年の夏見てきたが同じ花かどうか?
網走は網走番外地と言う言葉で知られる「網走刑務所」も有名だ。網走刑務所ができたいきさつも面白い。
明治3年から屯田兵が北海道の開拓に送り込まれた。開拓は進み、明治22年には札幌から上川までは道路ができたが、オホーツク海沿岸まではまだ原野と湿原であった。
当時ロシアはシベリアからカムチャッカに鉄道を引き、ひそかに北海道を侵略しようとする動きが見られ、時の宰相「伊藤博文」は明治24年に網走に監獄を造り、そこの囚人を使い道路建設を行わせる策に出たとされている。処遇は厳しく多くの犠牲者が出たとして後に慰霊碑も建ってられている。
網走刑務所は大きな農園を二見ケ岡(1700㎡)と言うところに持っていて受刑者が農作物を自給している、今は刑期8年以下の短期の受刑者だけである。
網走市には天都山という見晴らしiい小高い山があり観光名所となっていて、見晴らしのタワーもあるが生憎の雨降りとなってしまいオホーツク海や知床の山を望むことはできなかった。天都山に登る途中網走刑務所の塀や観光施設「博物館網走監獄」等も目にした。
網走観光ホテル泊 3日目に続く・・・・明日の朝は雨が止んでいますように。


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